文政10年(1827)大坂東町奉行所は、表向き稲荷明神を祀りながら密かに切支丹の「天帝」を信仰する女性祈祷師を逮捕した。奉行所は京坂地域での捜査と関係者数十名の尋問で、さらに4名の天帝信奉者を逮捕し、既に死亡していた彼らの師匠も特定した。また切支丹関連の禁書を所持する医師1名も摘発した。幕府は彼らを切支丹と認定し、引廻し・磔刑に処した。百数十年前に姿を消したはずの切支丹が国の中心部で発見されたこの事件は人々に衝撃を与えた。
キリスト教に基づく先祖の信仰や儀礼を密かに継承する人々が九州の一部に存在したことは、現在よく知られている。しかしこの事件の被疑者たちの供述をみる限り、彼らがその影響を受けた可能性は低い。彼らはどのようにして切支丹を知り、どのような切支丹観念を抱き、なぜ入信したのだろうか。本報告はこの事件の概要を紹介したうえで、被疑者の入信の動機、切支丹認識、宗教的行為などを明らかにし、そこにみられる社会的立場、教育的背景、ジェンダーの差異によるバリエーションについて考察する。
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